ヘレブログ

どこかの主婦が思い起こしたことを書いているブログ

26年

 

阪神淡路大震災から26年、もうなのかまだなのかはわからんけどそれだけ長い時が過ぎたんだなと

物的被害は母方の実家が全壊したのと父の会社が物理的ではない方で全壊したぐらいで、ちょっと避難生活があってライフラインが不通になったりの程度で済んだ

電話はもちろん繋がらないので、明るくなるのを待って自家用車で両方の実家を廻ったのも覚えてるし、大きいのが来た後に余震がきて父親が私を抑えろと母に叫んだのも覚えてる

避難生活とまでは行かずともどこかの保養所や祖父の友達の別荘に滞在させてもらったりしたのも覚えてる

結構おぼろげながらも4歳だと割と覚えてるもんなんだよなぁ

幸いにも親族で死者も怪我人も出なかった

大火災のあった当時4歳の幼児で交友範囲も限られている中だから当然ではあるが誰それが亡くなったという話もほぼ聞かないまま育った

しょっちゅうテレビの前でテレビを見ながら寝落ちしてしまう父はあの日布団でちゃんと寝てたから下敷きにもならず、寒かったので上に縮こまっていたからタンスの上の荷物が飛んで下に落ちてきても怪我もなかったというのも本当に何がどうなるかわからないものだなと

多分あの渦中にいた中ではかなり幸運な方だったんだろうなと今になって思う

 

そしてただあの震災でライフライン瀕死の中での乳幼児の子育てなんかを考えると、両親などは大変だったろうな、と思う

特に弟は当時まだ認知度合いも低かった重度のアレルギーだったしな…避難生活しつつアレルギー避けるってめちゃくちゃ大変だっただろうなぁ

だから私に震災で語れることと言えばそんなになくて、経験したことも薄い

できることは覚えている範囲で語ること、経験者だからこそ震災によって何が変わったのか、今腹を蹴っている中の人が成長して調べることがあれば教えてやることぐらいだ

写真ではわからないけど確実に変わったことや、知らないことを伝えることはたくさんしていきたいと思う

震災の面影は年々薄れていくのだから